エジプトのルクソールにて3前年前の色彩豊かな棺やミイラを新たに発見。王家の使用人か?

ミイラ

ミイラ
(エジプト考古省提供・共同)

共同通信によると

 【カイロ共同】エジプト考古省は13日、同国南部ルクソールで、古代エジプト第3中間期の約3千年前のものとみられる墓やひつぎ、保存状態の良好なミイラをエジプトとスペインの発掘隊が発見したと発表した。

考古省によると、墓の中から、ミイラの入った木製のひつぎが見つかった。王家の使用人の墓とみられる。

ひつぎは色彩豊かな装飾が特徴で、女神「イシス」などが描かれている。

とのこと

 

▼ニュースキーポイント『古代エジプト第3中間期』とは

エジプト第3中間期(紀元前1069年頃から)は、古代エジプト史における時代区分である。第3中間期の区分を用いず新王国の後に末期王朝時代を置く学者も多い。また第3中間期を置く学者の間でも、どの期間とするかも見解が不一致である。第20王朝の終焉を持って第3中間期の始まりとする点ではほぼ一致するが、終了する時期については、第22王朝の末期(紀元前730年頃)まで、アッシリアによるエジプト征服(紀元前7世紀半ば)まで、或いはアケメネス朝によるエジプト征服(紀元前525年)までなど、様々な立場がある。 wikiより

 

▼発見されたルクソールとは

エジプトの都市で、ルクソール県の県都。古代エジプトの都テーベがあった場所で、現在も数多くの遺跡が残っている。市域はナイル川によって分断されている。

日が昇る方角であるナイル川の東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する、王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にはツタンカーメン王の墓がある。

市内にある遺跡の多くが、古代都市テーベとその墓地遺跡 として世界遺産に登録されている。 wikiより

◆古代都市テーベとは

古代エジプトの王都はメンフィスに置かれることが多かったが、中王国の第11王朝から新王国の第18王朝までテーベがエジプトの都とされた。その後、第19王朝でデルタに遷都されたが、アメン信仰の総本山であるカルナック神殿を中心として、重要な宗教都市としての地位を保ち続けた。

テーベの遺跡群はその考古学的価値が高く、古代エジプト文明の貴重な証言者となっている。また、現代ではナイル川西岸の葬祭殿(→ハトシェプスト女王葬祭殿)と墓所群(→王家の谷)もテーベの一部であると見なされている。 wikiより

また、『古代都市テーベとその墓地遺跡』として世界遺産に登録されている

 

▼ひとこと

何にしても、考古学的貴重な発見であることは確かなので、さらなる情報を待ちたいところ。
しかしながら、発掘をしたのはエジプトとスペインの発掘隊らしく、日本が絡んでいないことが残念。

ミイラ

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